ぐうたらな生活

月曜日に退院した後、自宅療養と称して、火曜から今日まで3日間会社をいわばずる休み。
その間妻と2人で遊びほうけています。こんな時間を一緒に二人だけで過ごしたのは何年ぶりだろう。
とはいっても、2人ですることなんて高が知れていて、ランチに行く。その後は2人でパチンコなんぞにうつつを抜かしていたのですが・・・。
こうなってくると明日の金曜日ももういいかななんていう気になってしまいます。
こんなぐうたらで怠惰な生活していていいのだろうか????
まっ 20年以上サラリーマン生活をやってきて、有給をまともに使うなんてことあまりなかったので、多めに見てもらいましょう。

土曜日も無事過ぎて。。。

本日も晴天なり
入院生活も堂に入ってきた、元地主だが、相変わらず生活のリズムは、いつもより3時間早い。いつものように4時過ぎに一度目を覚まし、2度寝。そして5時過ぎに起床。やはり本日もこの時点で、もぞもぞとしてきてお隣さんを起こさないようにこっそりベッドを抜け出してトイレへ。腰掛けてしばらくするとキターッてな感じです。今日はなかなか好調で、ニョロニョロと出る便にも痛みは無し。いい感じだねとつぶやきながら、ウォシュレットのスイッチをON。ちょろちょろと出るシャワーを、もう少し強くしてみようと1段階パワーアップ。ところがシャーッと出だした温水が、ビリビリと滲みる。ウッという感じで、腰を動かしながら当たり所を変えて見る。
いつぞやのこともあるので、洗浄は入念にしなければ・・・。
とりあえずビリビリとする感覚をこらえて、ガーゼで水滴を払い、もちろん周辺に残存物がないかも確認したうえで、尻当てを付け、ベッドへ戻るが、ビリビリ感が収まらない。ウ~と小さくうめきながら待つこと5分。次第に鋭い痛みが鈍い痛みに変わりだし、更に数分で痛みが消えてきた。ここでハァ~と一息。
その後は、検温、食事、薬物摂取、検診と順調に日課をこなしていく。
10時前にもう一度トイレに行くが、今度は痛みもなく、いたって快調であった。
ここで気がついたのが、摂取する薬物の中に、朝と夜の食後にだけ飲む痛み止め。もしかしてこれが効いている時間ならトイレも楽で、切れているとビリビリとするのでは?
ということを学習したため、翌日からはトイレの時間を調整しよう。
この日は、朝の一撃だけが強烈だったが、その後は何事もなく至って順調な痛みもない1日を過ごせた。
またまた院内の様子だが
この日はおばあちゃんも、腰がだいぶ楽になったようで、つらそうな顔はしていなかった。また夕方には、お孫さんたちも訪れて、楽しそうでした。
一方、この日の朝、同席した元研究員で今は一度リタイヤし、人材活用センターの紹介で中小企業にお勤めという方ウンチクさん。気持ちはわかるんですがなかなかのKYです。いろいろな知識をお持ちなのですが、持論をゆるりと語りだすと、相槌ぐらいしか打つこともなく、
その話が長い。食事が終わったら、一服と行きたいのですが話しながら長い物語をお話になるので、話の途中で席を立つこともできずなかなかの困り者。
それでも私などは、一区切りついたところで、「あー。食った食った」などといいながら、さっさと席を立ってしまうのですが、私鉄助役さんは人がいいので、席をなかなか立てない。朝食の時には、私が一服してもまだつかまっているので、そろそろ診察の時間ですよと助けに入って
やっと開放なんてことが、食事のたびに繰り返されています。
昼は少し暇だったので、一人でお話にお付き合いしたんですが、気をよくしたウンチクさん、私と私鉄助役さんの席にいつも来るんです。だんだんとお話されていても、それぞれが自分の茶碗に視線を向け、ウンチクさんと目を合わせないようになってきてしまっています。
そろそろ空気読んだほうがいいかもしれませんよ。
もう一人。大量に本を持ち込んできた、読書さん。この方のお話を聞いたら、ゾッとしてきました。読書さんは夏に日帰り手術を受けたらしいんですが、この冬めでたく、7泊8日コースに再び参加されているのだとか。1回やったらもう二度とないだろうなんて安易に考えていたのですが、2度も3度もあるらしいのです。これは恐怖ですよ。

金曜日の地主

月曜日に入院して大腸検査、火曜日に手術となり、1日遅れで前日の様子を書いているうちに、だんだん時間の感覚がなくなってきて、今日が何日目で、何曜日なのかがわからなくなってきた。しかも時間帯までもが、日常から2~3時間早くなってきており、もはや1日の日課さえもが、この環境になじんでいる。
というわけで、今日は朝テレビを見ると、目覚まし土曜日をやっており、あ~もうすぐ1週間だななんて考えてみたりしています。
さて早速昨日の地主の話。
一昨日の失態をもとに、この日はいつものように4時に一度目がさめたあと これまたいつものように2度根を決め込み、やはり5時過ぎに目が覚める。ここでなんとなくガスなのか実なのかといった感覚をもよおし、トイレへ。今回はさすがに前日たっぷりと出したため、ガスの噴出であったが、念のため入念な洗浄。その後検温、朝食、大量な薬物摂取と日課をこなし、いざ診察へ。 やはり司令官殿からはお風呂でよく温まるようにとの指示。部屋に戻り一息ついてジュースなど飲み干すと、今度こそ噴火の予感。満を持してトイレへ直行すると、見事に噴火が起こった。しかし前日にすでに4回も噴火を体験しまさに達人の域に達している元地主は、慌てることなく力を抜きつつも、今日は何度も噴火の災難にあわぬよう、全力を出し切って搾り出す。
その後入念な洗浄を試みると、昨日とは違い、しみるようなピリピリとした痛みが・・・。あわてて便器を覗き込むが、出血はしていない。一安心しながらも、このピリピリ感が増してきたので、急いでベッドへ直行。ピリピリ感は5分ほどで収まり、その後は何事もなかったかのように平時の状態に戻った。
この日ラッキーだったのは、この数日の入れ替えで、男性の元地主たちのほとんどが見事更正し、社会へ帰っていったため、男性の元地主は、私と同室の私鉄助役さんだけということで、風呂の時間を2人で独占し、お互いに朝風呂は1時間弱ゆっくりと温まれたこと。
これで完全に昔持っていた土地のことを忘れることができた。
ただし私鉄助役さんはかなり痛いということで、私に話しかけるときには、大丈夫なんですか?痛くないんですか?とややうらやましそうな表情。こうなると多少痛くてもぜんぜん平気ですなんて言ってみたりして、ちょっとした優越感に浸りながら 余裕の表情をカマスぐらいのことは、やってのけてしまう。
午後もゆったりとしたバスタイムを楽しみ、この日は読書も進む進む。
ということで、元地主、この日は絶好調でした。


余裕があるので この収容施設について——–
この収容施設全体では20~25人程度の収容能力があると思われ、毎週月・水・金に新しい地主たちが現れる。そして、収容翌日の火・木・土に土地の接収が行われる。また翌週の収容日と同じ曜日の朝、診察を受けた後、各自社会復帰していくという流れ。
また毎回新規の地主は6名ということになっているようだ。
月曜日に収容されたときには、男性比率の高かったこの施設も、今日はほとんどが女性という状況になっていた。
こんな環境の中で、入れ替わりながら1日何もすることがなく、マッタリとした時間を過ごしている地主あるいは元地主たちだから、食事のときや喫煙室でご一緒させていただく間に、次第に話を始めだす。はじめは共通の話題である、自分がいかに大きな土地を持った、大地主であったかの地主自慢。そして次第に今日の体調とか、それにも飽きると、天気などの差しさわりのない話から、仕事に話なども飛び出してくる。
実際同じ日に収容された、おばあちゃんは、久しぶりに若い子と話したと40過ぎのおじさんを掴まえて言っていたが、こんなことでもないと話すことなんかないもんね。・・・うーんまさにそのとおり。
このおばあさん、子供が3人、孫が10人ぐらい、ひ孫もいるなんて話をしていました。お孫さんはほとんどが女の子だそうで、そのうちの4姉妹が何回かお見舞いに来ています。
昨日あたりからおばあさん少し調子が悪そうで、タバコをすいに来る回数もめっきり減ったと、元気なさそうに話しています。今朝も朝食前に喫煙所であったので、今日の調子はどうですか?なんて聞いたら、今日もダメ~。とちょっと元気なさそうでした。
ほかにもやたらウンチク好きのおじさん。同室の私鉄助役さん、それに昨日来たのか、あまり人と話をせず、ゲームに講じるオタクさんなど実にさまざまな人が土地の接収から社会復帰に向けて共同生活をしています。
そんな中でみんなの一番の楽しみは、もちろん食事。病気というよりも外科的処置ということになるため、食事も、街中の定食と同じ。とてもおいしいのだ。賄いさんに聞いたら、糖尿病などとは違うので普通食でカロリー計算だけはしっかりしているとのこと。まさに3食昼寝付+お風呂2回の特典付という滞在なのだ。これで痛みさえなければ、ちょっとした温泉休暇気分なんだけどな~。
そんな話をしていたら、みんなでしみじみと、もっと早来ていたら、こんなに痛くなかったかな~。とため息。でもほとんどの人が15年以上の歴戦の戦士なんだよね。
これを読んでいる、自分も少し・・・という人。早めの処置をお勧めしますョ!

3日目の元地主

前日痛みと不安に打ち震えながらも就寝した元地主に、3日目の朝には更に恐ろしい出来事が待っていた。それは前夜特にすることもなく、9時過ぎに就寝してしまったことから、思わぬ早朝に訪れることになった。
なんとなく目が覚めたのが4時過ぎ。まだ早いと水を一口飲んで2度寝を決め込んだのだが、5時半過ぎに再びの目覚め。そしていよいよ恐れていた出来事が・・・。
不意の便意。前日しっかり3食の食事に、調子こいてお菓子まで食べてしまったのがいけなかったのか?いやいや何もせずとも、自然の摂理により、いつかは訪れるこの瞬間。
恐る恐る便器に座り、腹の力をフッと抜いてみる。すでに解体されている黄門様付近にみなぎる緊張。勇気を奮い起こして深呼吸。もうひとつ。すると栄養分をすべて吸収されつくした前日摂取した食物が恐る恐る顔を出す。まだまだいけそうだが、力を入れるのもちょっと怖い。力を抜いたまままさに流れ出るに任せること数十秒。とりあえず便器を覗いてみるが、流血の惨事は免れたようだ。
なんとなく残っている感じがするが、これ以上この恐るべき場所にいるほどの勇気もなく、洗浄を開始。ちょろちょろと流れるシャワーにそれまでとは異なる、ピリピリとした刺激。もういい。もう十分戦った。とりあえず衛生兵から渡されたガーゼで水分を除こうと黄門付近に触れてみると、なんと解体されたはずの農地がまだ残っているようにちょこんと出っ張っているではないか!!
GHQの司令官 まさかの失敗では??
それでも何事もなかったかのようにまだピリピリ感の残る黄門部を押さえながら再びベッドにもぐりこみ、衛生兵が起こしにくるのをおびえた小動物のように巣穴から待つのであった。
7時の検温時に衛生兵からの、今日お通じは?の問いに、偉業を成し遂げた達人の境地で、小声で、しかし同室の隣人の元地主には聞こえるように1回ありましたとできるだけさりげなく。出血はありませんでしたか?と続く質問に、大丈夫でしたと今度はややはっきりと。しかしあくまでも「どうだ、やったぞ!」という心内を見られないように細心の注意を払ったことはいうまでもない。
その後朝食、そして大量の薬物を摂取した後、朝の検診。
3つある診察室を、掛け持つ司令官。おっとラッキー。今日はかわいい衛生兵の部屋だ!
おもむろにケツを差し出し診察台に横になる。と司令官殿いつものように「おはよう」といいながらいきなり黄門様を押し開き目視確認。「通便はあったようだね」の一言にさすが検温の衛生兵。しっかりと伝えてくれていたかと誇らしげに、しかし「ガーゼで拭ったときにでっぱりがあったようなんですが・・・」と聞いてみる。すると黄門様の周りをガーゼで拭き拭きしながら「ちょっと腫れてるね。今日からお風呂だからよく暖めてくださいと一言。」「はぁ~」ということで、診察終了。
その後部屋に戻りしばらくテレビなど観賞しながら待っていると、いよいよお風呂の時間。
先ずは洗髪。そして体を洗うが、ここでも細心の注意は怠らない。いつもなら半ケツあげて尻っぺたをごしごしタオルでゴシゴシと磨き、たまにつるっと滑って黄門様まで磨き上げるのだが、今日はその辺は省略。そして恐々と湯船に足を入れてみる。「あ~ 気持ちいい」 それから湯船に両手をかけて緩々と体をお湯の中に落としていく。あと少しで黄門様が着水。一瞬の緊張をはらむが、そのままスルスルと着水完了。「オッ 結構気持ちいい。 しみないぞ!」そのままゆったりとお湯につかりしばしの陶酔。
そしてお湯から上がろうとしたその刹那。あまり美しい話ではないが、お湯の中に漂う、かけらがふたつ三つ。「ウォ~。こっ・・これは」 なんと朝の快挙の残骸ではないか。
慌てて風呂を上がると、お湯を抜き、浴槽をゴシゴシと証拠隠滅にかかったのは言うまでもない。とりあえず物証とともに、髪の毛、指紋などを残さぬよう最後の点検を終えて、何事もなかったかのように再びベッドへ戻り、冷静に出来事を分析してみると、朝の快挙→ちょっとしたピリピリ感とともに残る不満足感→トイレでの洗浄・・・これが不十分だったらしい。→診察時の司令官の言葉・・・・ということはこのときまだ黄門様の周りには快挙の証拠が残っていたのだ!! ということは、朝ラッキーと思ったかわいい衛生兵にも見られてしまったに違いない!!! う~ん何たる不覚か。 しかし元地主たるものこんなことではめげていられない。 風呂場での完璧な証拠隠滅も行ったことだし、そんなことはまったく知らぬと言うかのように、何食わぬ顔でテレビ鑑賞にふけるのであった。
この日は更に昼食前にもう一度、夕食前にももう一度、そして夕食後と4回目でやっとすっきり感がおとずれた。言うまでもなくこの3回はかなり入念な洗浄を行った。

解体翌日

解体後、地主達は社会復帰のために、GHQ収容施設での共同生活を約1週間にわたり行い、小姓からの上納以外の手段での生活に適合しうる知恵と勇気と体力を身につけていくことになる。
翌日からいきなり、食堂までの自力歩行訓練があり、盛大で美味なる料理を振舞われる。
この食事と歩行が、社会復帰への第一歩となる。しかし多くの地主たちは、昨日接収された、土地への思いが強く、心も体も痛みでビンビンに震え上がるため、すかさず衛生兵からは、大量の薬物が手渡される。
切り取られた土地への止血薬(3種)、新しく与えられる食物になじむための整腸薬(1種)、そして事もあろうにせっかく摂取した食物を排出するための下剤少々(1種)、そしてこれら薬物で急激に痛めつけられる胃を守る胃薬(1種)。これらを毎食後に摂取させられ、さらに朝晩には、主に切り取られた土地への思いを断ち切る、痛み止め(1種)。また初日朝だけは、更に点滴が1本。
しかも昨日の下半身麻酔への対応として、細かいものを見たり、激しい動きを目で追いかけることも控えるようにとの通達が。
朝食後の痛み止めにより、午前中は難なく過ごすも、午後になると急激に、自分の土地への愛着が高まり、感極まった挙句、たいそうな痛みが。ガス抜きもママならず。
何とか夕食まで持ちこたえ、痛み止めを摂取するも、この効き目が大体4~5時間程度とわかってくると、夜が心配。心配が高まってか、夜は7.8度まで熱が上がる。衛生兵からは寝る前にもう一度検温をとのお達しがあり、9時前には何とか6.8度まで下げる。ついでに衛生兵からは、痛み止めを1日3回までOKとのお許しをいただき、安心する。
この夜は11:30に痛みに襲われ、痛み止めに頼る情けない人となってしまった。
しかし前夜、右腕に残されていた点滴の針がないこともあり、快適に安眠をむさぼる。
解体翌日はこうして過ぎていったのだった。

GHQによる解体

農地解放の朝が来た。
朝食は、やや少なめに提供され。
その後、朝の検診。ここでいきなり、大切な農地を検分され、いきなり下剤が投入された。
15分から20分我慢してからトイレに行くことという注意事項が。
我慢を重ねるが、15分ぎりぎりでギブアップ。昨晩のご飯が流れ出ていく。そして当然のことながら私の大切な大きな地がはみ出すのを、無理やり押し込む。
その後ベッドでしばらマッタリとしていると、衛生兵(看護師)が、解体の儀式に使用する衣装一式を手渡し、小を終えたら、下着まで外したあられもない姿にその衣装をまとい、再び待ったりしているようにとの指示。その後、点滴を手に再び現れた衛生兵に、左手にブチット針を刺され、これでもう逃げることはできない。
待つこと数時間、三度現れた衛生兵に誘われ、手術室の前へ。
手術室では、別の地主がすでに解体の真っ最中。
そしていよいよ私の番に。まずは解体台の上に仰向けにされ、なんと事もあろうに大切な土地を隠していた衣装の下半分を剥ぎ取られ、すぐさま横向きにされる。そこでチクッと背中に何かが刺されたかと思うと、下半身に早くも痺れが。もうひとつ(だと思う)チクッとやられると、あとは大切な土地を含む下半身が自分のものではなくなってしまった。それででも許されず、すぐさまうつ伏せになるよう指示され、土地の周りの雑草が衛生兵によって刈り取られる。
そこにすかさず、GHQの司令官が現れ、解体開始。しかしもはや自分のものではなくなった下半身で何が起こっているのかも知る由もなく、15~20分で解体完了。
司令官が、頭上に現れ解体完了を告げる。しかも解体された土地を目の前に持ち出してきた。
その切り取られた土地の大きさに愕然。優に親指の第一関節ぐらいはありそうな最大の田がひとつ。小指の爪ぐらいの畑、更に米粒ほどの自家菜園と3つの土地が切り取られていた。
きれいな話ではないが、せっかくの体験なので、もう少し詳しく記載すると、皆さん自分のお尻の黄門様を見たことがあるだろうか。最大の田は、以前お風呂で鏡に映して見たその黄門様の土地と同じ色をしているのを妙に鮮明に覚えている。
その後は、衛生兵に再び仰向けにされ、さらに自分のベッドに移されて自室へ。
その後約3時間で下半身は、再び自分のものになったが、解体された土地はいずこへ・・・・。
よるおにぎり2個の簡単な食事を与えられ、解体の日は過ぎていったのだった。
恐るべし、GHQ司令官。
30分の解体作業をこの日は6人の地主に施した。