体を動かしたがらない子供たち

現代っ子を通して現代の世相を垣間見ようというテーマの下、先ず最初は、バスケをしている子供たちの中でもすぐあきらめる子供について考えてみたい。
悔しいとか、人に負けたくないという気持ちがない子が増えているような気がする。これは全体的な傾向として増えているような気がする。
たとえば今日は絶対に勝ちたいといって朝出かけていく子供たちが、あっさり、または接戦の末に負けてしまったとき、本当に悔しいのは指導者だけかもしれないという錯覚におそわらることがよくある。
指導者としても、今日のこの相手には負けるはずがないとか、実力伯仲だがこうやって相手をやっつけようなんて考えながら、試合に臨むから、今日は頑張るぞ~と、発破をかけるのだが、その時点で子供たちは既に冷めているのかもしれない。
頑張るぞといわれたので、とりあえず「ハイ! 頑張ります。」と答えておこうという感覚があるのかもしれない。だから試合のあとのミーティングで、今日は残念だった。あと少しだったけれど惜しかったね。悔しいね。
と話をすると、なんとなくそうなんだろうな~ という感覚で、「悔しいです」といってしまう。
しかし本当に悔しいのかというと、どうもそうではなく、ミーティング後にはケロリとしてこれから何して遊ぼうか?といった会話になってしまう。
気持ちの切り替えが早いということは、決して悪いことではないけれども、どうもそれ以前。悔しいとか、次は絶対という感覚が乏しいのではないかと思ってします。
なぜこんなことになってしまっているのだろうか?
指導者たちは、子供に技術や戦術をこれだけ教えているのに、なぜ身につかないのだろうと悩んでいる。
子供たちは、なんとなく毎週決まった日に体育館に来て、なんとなく練習をして、時間が来たら、次のことをやる。そんな感覚になっているのではないだろうか?
スポーツを楽しいと思い、そして練習が終わっても、たとえば何人かが集まったら、ボールを持って、ボールで遊ぶ。ということを期待しているが、そんなことにはなっていないようだ。
男の子たちのほとんどは、何をしてもいいよといったら、テレビゲームかカードゲーム、そうでなければテレビやビデオを見るのが一番になってしまいそうだ。
逆に女の子たちは、ある程度の学年になると、ボールを持って寄り集まってバスケットごっこをはじめることがあるというのも事実である。(私の周辺調べ)
学校では、肥満が問題になっている。小学生にしては体格よすぎるだろうという子が、学年に何人もいて、校庭を1週走ることすらできない(走りたくない)という子が増えている。
この子達に日本の将来を任せていいのだろうか?
とても心配である。

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