通勤の自転車でわかる衰え

黄門様の手術をしてから早ひと月が経とうとしている。
先週の土曜日に診察に行ったら、先生からもう大概のことは大丈夫ですよ。自転車に乗っても平気ですよ。というお言葉をいただいた。
実際我が家は、駅から徒歩だと20分以上かかるため、自転車通勤をしていたのだが、この1ヶ月は自転車に乗れないということで、奥さんに車で送り迎えをしてもらっていた。この間に雪は降るし、雨の日もありということで、結構助かっていたのだが、いよいよ自転車の免停が外れたということで、今日から自転車での通勤となった。
行きは少し慎重に、ややゆっくり目に進んだため、あまり気がつかなかったが、帰りはものすごく寒かったので、いつものように飛んで帰ろうと自転車を漕ぎはじめたのだが、半分も行かないうちに息切れが・・・。しかも足が重い。
入院中に暇に任せてみていたテレビ番組で、土日にごろごろしただけで、足腰の筋肉が2%落ちる という話があった。 この話を真に受けると7泊8日の入院で土日のごろごろを4回経験したことになるので、入院前を1とすると 1×0.98×0.98×0.98×0.98=0.922368にまで落ち込んでしまったことになる。
その後うちに帰ってきてからも、普段の運動量の半分以下だったことを考えると、落ちた分を戻すことが全くできていないことになる。
普段なら、土日にミニバスの子供たちと走ったり、さらにジムに通ったりと、一般的な40代に比べると運動量は多いと自負しているのだが、こんなグータラな生活を1ヶ月も続けた結果、きっと1ヶ月前に比べて1割がた、筋肉が落ちてしまったんではないかと、ア然としてしまった。
そのくせ腹回りのいわゆる内臓脂肪だけは確実に増えたようで、これをどうやって元に戻そうか?
なんていっているうちに、週末はミニバスの審判を頼まれた。1ゲームきっちり走りきれるかな?

帰宅難民にならずに済むかなぁ

皆さんは、阪神大震災って覚えていますか?
もうかれこれ13年前になるんでしょうか?うちの娘がまだミルクを飲んでいる頃のことですからね。
実はあの大震災の数ヶ月前に、東京から大阪支店に異動になったんです。そして移り住んだのが、なんと西ノ宮だったんです。
お正月休みを東京で過ごし、戻ったとたんにいきなり来ちゃったんです。すっごい揺れが。
この辺のことは、別の機会に書いてみたいと思います。
あれからしばらくの間は、まさにちょっと揺れてもドキドキ。会社にいるときも今ここで地震が来たらどうやって帰ろうか?そもそも帰り道がわかるだろうか?どのくらい時間がかかるかな?といつも考えていたんです。
昨年は帰宅マニュアルなんていう本もブレークしたみたいですが、いくら本を読んでも実際に家まで帰るための体力があるかということが、結構大切なことだと思っています。
そんなことを考えていたからというわけではないんですが、つい先日秋葉原に行った帰りにすっごく時間があったので、ブラブラとアメ横でも覗いて帰ろうかな~なんて気楽に思っちゃったんですね。
実際歩いてみると、別にアメ横に何か用があったわけでもないので、30分ぐらいであっさりと上野まで行っちゃったんです。こうなるとまだ時間もあることだし、もう少し行ってみようかななんて気軽に歩き出していたんですね。
上野からは国道4号線の一本隣の道を下りながら、あ~ こんなところに岩倉高校があるんだな。とかこの辺にはまだ古い建物が多いな。などなど・・・。
気がつくと2時間弱ブラブラしながら町屋まで来ていました。
ちょっと疲れたので、どこかに座ろうと見ると、交差点の角にパチンコ屋が。
せっかくだからちょっとだけといいつつ、とりあえず4連チャン。腹が減ったからと牛丼を食べると、せっかくここまで来たから、北千住まで行っちゃおうと思っちゃったんですね。
結局 あと1時間ちょっと歩いて北千住に到着。
ざっと考えてみると、会社から秋葉原まで30分、それから北千住までがんばって3時間。北千住から自宅までは更に3時間弱かなといったところで、休まずひたすら歩けば、7時間ぐらいがんばると歩きとおせそうだということがわかりました。(もちろんビルや塀が倒れていたり、橋が崩れ落ちていなかったり、火災や事故がない場合ですが。)
しかし阪神大震災のときの経験によれば、火事場の馬鹿力じゃないですが、イザというときの人間の底力は捨てたもんじゃないので、きっと何かに取り憑かれたように家を目指せば、半日で帰れそうな気がします。
って今こうして書いてみても、何のためにこんなに歩いたんだろうかと 頭の中が???で渦巻いています。
皆さんも一度お試ししてはいかが?

散髪しました

突然ですが、今日散髪に行きました。
最近は、1000円で散髪してもらえる QBハウス なんていうものも近所にできたので、気軽に手軽に散髪に行っちゃいます。
幸いにして40を過ぎましたが、毛のほうは健在で、20年前に比べたら、ややおでこが広くなった程度の私は、子供の頃から短髪です。 高校生の頃は人並みにパーマなんかをかけたこともありますが、とにかく洗髪を手早く、また風呂上りにいちいちドライヤをかけるなんていうことが面倒なので、大抵は短髪です。
そんなもんだから髪型なんて気にしないし、多少床屋さんでうまく決まらなくても、すぐ生えてくるからいいやと思ってしまうのですが、そうじゃない人も多いんですよね。
QBハウスを利用するのも、一言で言って、とにかく早いから。 もちろん安いのも魅力なんですが10分で終わるというのがいいんです。 1年ほど前にたまにはフツーの床屋に行ってみるかなんて思ったら、とにかく始まったとたんから後悔の嵐。 その床屋さん曰く、「私は1日に何人も客をとらないんです。ゆっくり時間をかけてお客さんと話しながら仕事をするのが好きなんです。」とのこと。
こっちは、話をするのはかまわないけど、とにかくこんなところに長く座っていても結果は同じなのだから、早くしてよとイライラ。
基本的に、私はせっかちなんですね。
ところでうちの5年生になる息子。
いつも寝癖で髪の毛は突っ立っているくせに、長さにはうるさいんです。過去に何度か強引に、バリカンをかけてやったことがありますが、そもそも悪いことをしたときに、一度ボーズにしたのがよっぽど答えたと見えて、その後は、「何で何も悪いことしてないのに髪の毛切るんだよ~ッ」と泣き叫ぶのです。
スポーツやっているんだから、長いと邪魔だから切れといっても、平気で何ヶ月もボサボサです。
先日も、床屋に行って切ってこいといったら、妻が通う美容院で、店長を指名した上で散髪だって。
やっと耳が出るくらいに切ってもらいましたが、後ろは長いまま。
まあこっちは月一で切るけど、息子は半年に一回だから、コストは同じようなもんだけど、どうも納得いかないのです。
髪の毛なんて、すぐ生えるんだから、ど~でもいいような気がするんですけどねェ~。

働きバチと組織の関係

先日何かで 働きバチは2割しか実は働いていない。しかしその2割の働きバチを取り除くと残ったものの2割が働き始めるというような話を聞いた。
今の台湾に本社がある台湾本社100%出資の会社では、GEのジャック・ウェルチが言っていた、毎年できの悪い社員を2割カットして新しい社員を採用するという方針を採用している。
そして、昨年の大リストラでは、日本支社の約50名の社員を10名以上解雇してしまった。
ところが、残った社員は働きバチとは違い、身も心もある人間様だったのだ。
自分は解雇されないように一生懸命働こうという気概を持つのではなく、逆に自分の身が危ないという危機感から、次の勤め先を探し始めた。
1月末には、自己都合で3名が戦線を離脱。2月末と3月末には家庭の事情で退社する自然減に加えて、自己都合による退社予定者もいる。
こうなってくると組織はいとも簡単に崩壊してしまうものですよね。
今の会社に入る前は日本では先進的といわれてはいても、日本の会社に勤めていたわけですが、今の会社との大きな違いは、できの悪い社員をさりげなくカットしながら、今の社員の平均点を上回る社員を採用していくという方針だった。
そんなわけで新しい人ほどできのいい優秀な社員だったのだが、こちらはこちらで、何年か経つとすごく優秀な人の比率が増えて、効率のいい、賢いビジネスができるかといえば、働きバチの法則のように、結局はすばらしく見えるのは全体の2割という感じがしている。
今日本の雇用は、終身雇用から大きく変貌を遂げようとしている。また働き方の自由度も増してきているが、終身雇用だった時代の社員は不幸だったのだろうか?
東大卒のひどく優秀な人ばかりを集めても、結局働くのは2割。では8割はいらないかというと2割を引き立たせるために存在しなければならない。
20年ほど前に大多数が中の上という意識を持っていた時代があったが、上の上はやはり2割程度だったのだろう。
でも働きバチの法則を考えると終身雇用ってよくできたシステムかもしれない。8割の人にも会社=生活=家族という意識を持たせていたんだもんね。いま会社や仕事命なんていう日とどれぐらいいるんだろうか?
こんなことをつらつら考えながら、ではあなたはどうしたいの?ときかれても答えることもできない。
だからなんなのさ~。

PKな日々

今朝、いつものように朝食をとりながら新聞を眺め、テレビを見ていたら、PKって何だ?という話題が出てきた。
最近の女子高生言葉でよくあるイニシャル言葉とでも言うんだろうか?
KY=空気読めない。 ではPKは?
これが笑ってしまうのが PK=パンツくい込み なんだそうな。
それを見て、あっ俺だ。とついつぶやいてしまった。
GHQの農地解放、その後の収容施設からの生還を果たした私だが、あれから1週間。痛みはないものの、まだ患部が腫れていて、多少血もにじむ。病院で処方しもらった難航はまだ手放せないのだが、これと併用するのが、ガーゼに厚めの綿と吸水シートを挟み込んだ、通称「おむつ」。
ガーゼに軟膏を搾り出して、それを患部に当てるのだが、入院中はテープでガーゼをお尻に貼り付けていたのだが、テープが無くなったので、面倒だからそのままお尻に挟み込んで、パンツをはいている。
そんなもんだから、オムツはいつも二つに畳まれてお尻の間に食い込んでいるわけで、感覚的にはまさにPKな気分。それも1週間もたつとまったく普通になってしまっている。
そんなわけで、通勤電車で隣り合わせた人にも、会社の仲間もだれも私が毎日PKな日々をすごしていることを知らないのである。(当然だけど)
いつになったらオムツが取れるのだろうか・・・。
P.S.
昨日病院の診察に行ったが、先生曰く まだ結構腫れてるね。これもとっちゃおうか?だって。
とりあえず土曜日まで様子を見ることになったが、早く腫れが引かないことには、オムツが取れない。

おじさんの同窓会

昨日、高校・大学時代の仲間5人で久しぶりに同窓会をしました。
この5人、高校時代からもうかれこれ二十数年に及ぶ付き合いです。
しかし、回を重ねるごとに、時の流れを感じます。
3人は頭がさびしくなってきて、なんかおでこの面積が成長を遂げています。
頭だけではなく、まずはそれぞれの健康の話。私は先日、農地解放を遂げて、生還したわけですが、何万人に一人かの難病に罹り、あと数年で歩けなくなってしまうかもしれないといって、障害者手帳の交付準備を進めているやつ、数年前に胆石で入院したやつなどがその病歴と闘病記を開陳した後、現在の生活の様子。
先日会社を退職し、家族と別居した上で自営を始めたやつがいるかと思えば、20年の永年勤続表彰を受けて、金一封と休暇をもらったやつ、もう会社を辞めちゃおうかななんていっている私など・・・。
もう40代半ばを迎えようとしている私たち中年親父。でも今の世の中、まだ折り返し点にたどり着いたに過ぎないともいえる。
夕方5時からはじめた一次会は7時に追い出され、二次会に場所を移して思い出話に花を咲かせたが、以前に比べると、飲む量は格段に落ち、その代わりちょっと高級なお店に行けるようになった。
だけどこの仲間たちとの付き合いは、まだまだずっと続いていくだろう。
友達とはありがたいものだ。