前回(2004年10月のできごと)は、入社1ヶ月間のことをダラダラと書いたが、今回は2ヶ月目。
この頃はとにかく、慣れない会社での初めての予算ということで、とにかくバタバタとあわただしい毎日を送っていた。
1ヶ月間で翌年の予算と組織体制、方針のようなものをとりあえずまとめてもう一度本社に乗り込んだのが11月1日。
そこで、アジア担当執行役員と先ずは内容の再確認。
現在の組織をスクラップ&ビルドで再構築するところまではよかったが、具体的にどの顧客にどんな方法でという段になると、まだまだ弱い部分があるという指摘は受けたものの、11月3日の社長プレゼンに向け、調整内容をまたまた英語も資料に作り直し、トークのために、読めない単語にふりがなを振りながら徹夜の資料修正が入る。
3日のプレゼンでは、社長、執行役員、私の3人がテーブルに着き説明が始まった。
ところどころ質問はあるものの概ね順調に進んだかに見えた説明も、終盤で社長からの「私のお勧めは・・・・」という、その後ずっと悩ませ続けられる一言で、もう一度説明をしなければならない羽目に陥る。
余談ではあるが、この「私のお勧めは・・・」で始まる話というのは、間に入って通訳してくれる執行役員の言葉なのですが、この言葉に何度悩まされたことか!?
日本語で「お勧めは・・・です」という話をされると、「いいことを教えてあげよう」程度の内容だと思っていた私は、「お勧めなのだから、そうしたほうが良いかもしれないけれど、別に強制力はないよな」と勝手に思っていたのだが、どうもこのお勧めというのは、こうしなさいという指示だったのだということに気がついたのは、このときから2年以上経つまで分からなかった。
この誤認識が、現在の私の大きな問題なんだということに、ごく最近になって気がついた。
2日後の再プレゼンでも社長を完全に納得させることはできなかったものの、まあ勧め方は大体良いんじゃない。日本の一番の問題はコミニュケーションにある。とにかく本社との設計者とよく話をしてね。あとは数字もう少し見直してよ。ということで、この月1回目の本社訪問が無事終わった。
実はこの月は社員旅行があり、その行き先というのが、本社のあるこの国。そして今回は家族の旅費も会社もちでという甘いお誘いに、帰国から2週間後に再びこの地を訪れることになる。
そしてこの国には10年来それこそ何度も仕事では来ているが、このとき初めて、観光なるものを体験し、本当の意味での歴史や文化に触れることになる。
さらにさらになんと月末には今度は、世界中の支社のマネージャーが集まるマネージャー会議(この会議このときが最初で最後の会議となるのだが)が開かれるということで、もう一度この国に訪れることになる。
海外出張は何度も経験しているが、まさか月に3回も行くとは。
ということで移動ばかりしている月でした。
次回ビックリした ワールドワイド・マネージャー会議編を書いてみたいと思います。
ところで、今回の振り返りを行うに当たり、パスポートの整理をしてみた。
一番初めに仕事でパスポートを使ったのが1996年。
パスポートの出国印を数えてみると、
1996年 1個
1997年 3個
1998年 4個
1999年 2個
2000年 3個
2001年 6個
2002年 4個(うち家族旅行×1)
2003年 2個
2004年 8個(うち社員旅行×1、家族旅行×1)
2005年 8個
2006年 8個(うち社員旅行×1、家族旅行×1)
2007年 1個
ということで、12年で50回の国外逃亡を図っているのだが、帰国印から逃亡日数を割り出してみると、1泊2日、2泊3日がほとんどということで、本人にとってはちっとも楽しくない。しかも50回の旅先は、なんと5ヶ国。9割以上が1ヶ所集中ということで、もはやパスポートを持っていく大阪や名古屋の宿泊出張となんら変わりない状態。
う~ん。これでは、国際派ビジネスマンとはどうも云い難いゾ。
いつまでもテレビ見てないで!!
今日の埼玉地方は非常にぽかぽかとしたいい天気だった。
そんな中、朝から先ずは娘がバスケットの試合ということで、7:30に家を出る。
続いて妻が娘の応援にと8:30に家を出た。
10:00頃までテレビを見ていた息子が、近所の友達のところに遊びに行くと出て行くと、家の中には、私と、末娘のCoco(トイ・プードル もうすぐ7ヶ月)の二人だけとなった。
私が居間のソファーでテレビを見ながらブログめぐりをしていると、いつものように隣に座り込んで私の腕にあごを乗せホノボノタイムに。
いつものようにうつらうつらと居眠りを始める娘に寄り添われながら、コーヒーなどすすっていたが、1時間もすると、タバコが吸いたくなって来た。
娘のあごを腕から離すと、一瞬何をするんだよと云いたげな眼差しを向けながらも、やはりうつらうつらとしながら、見ているのか見ていないのか、テレビを子守唄に心地よさげにソファーでくつろぐ娘。
タバコをを吸おうと、箱を振ると中身が空だった。
仕方なく、タバコでも買いに行くかと、娘を呼ぶが、ソファーの上でいかにも面倒くさそうにこちらを見ているばかり。
つい 「おい! いつまでもテレビ見てないで、タバコ買いに行くぞ!!」と声をかけてしまった。
そんな言葉が分かるはずもなく、普段なら嫌がるリード付けも、ぐた~っとしたままされるに任せていた。
それでも、リードを引いて玄関に行くと、真っ先に外に飛び出して行った。
そのあとは、ポカポカ陽気の中2人でのんびりと散歩をしながら、タバコを買いに行きました。
のんびりとした幸せな1日。
プロフィール画像変更しちゃいました
あし@ から来ていただいている皆さん。
画像変更してしまいました。
同一性が確保できなくて申し訳ありません。
もう春なので、雪の中の息子の画像から、チョットとぼけた末娘のCocoの画像に変更させていただきました。
履歴書
火曜からほぼ失業状態となった私。
さすがに家族(特に妻)からの厳しい視線に晒されながら、次の職を考えなくてはならない。
就職活動をする際に先ず必要になるのは、履歴書と職務経歴書である。
この書類が結構大変だ。
履歴書はなんといっても40数年間の自分を振り返り、いつ何をしたかを思い出さなくてはならない。
現在の年から逆算して、いつ学校を卒業したか、学校の正式名称はなど順番に思いだしていく。まだ学校は、6・3・3・4と足し算していけばいいが、職歴になるとこの辺が曖昧になってくる。
資格に至っては、免許ぐらい資格ことがないのは寂しいので、とりあえず大昔やっていた剣道の級(段ではない)とか、英検の級(これも今のTOICEなどではない)と取得日を必死に思い出して、欄を埋めていく。
しかし自分でもこの10年間でかなりの数の面接をしたが、履歴書よりも本当に大事なのは職務経歴書だ。これまでにどんなことをしたのかを順を追って、しかもその時々でどんな功績があったのかも含めて完結にまとめなければならない。
いつしか、人生の半分近くが社会人となってしまったこの時期、20年分の総決算を書き出す作業は、思った以上に大変な作業だった。
それでも、今はワープロでパチパチ書いていくので、順番が違ったらすぐコピペ。文体が途中で変わったら、文法チェック機能で、おかしなところに波線が入る。
本当に便利だ。
とりあえず完成した履歴書と職務経歴書を目当ての会社に電子メールで送信すると、人事担当者から、履歴書は手書きのものを持ってくるようにとのありがたいご連絡が・・・。
しかし、文字は打つものだとここの所思っていた私には、消すことのできないペンで文字を書くという作業がとても大変。字が汚いのはいまさら直しようもないが、ワープロで作った履歴書を転記するだけなのに、行を間違える、数字を間違える。
そのたびに、新しい紙を用意し、気がついてみると、5枚1組の履歴書(ローソンで185円)の4枚目に突入。
これを間違えると後がない。
あせる気持ちを抑え、最後の手段。鉛筆で下書き作戦。
これでやっと渾身の1枚が完成した。
妙に肩に力が入っていたせいか、腕が痛くなる。
なんて軟弱な なんて自分で思いながらも、就職活動開始です。
スポーツ眼鏡
我が家は、そろいも揃って近眼家族です。
とはいえ、私は数年前にレーシック手術で、今は1.5ぐらい見えちゃうんですけど。(詳しくはこちら)
小学生の息子も、ろくすっぽ勉強もしないくせに視力だけはとんでもなく悪く、バスケやってても、相手の背番号が見えないばかりか、ゴールリングすらはっきり見えていない!!
半年ほど前に普通の眼鏡を作って、眼鏡バンドつけてバスケやってたんですが、とにかく眼鏡が壊れる。
初めは眼鏡があると怖いとか何とか云っていたのですが、慣れてくればやっぱり見えるに越したことはない。そうなると次第につけているのも忘れて、顔面でボールを受けるわ、相手に突っ込んでいって自滅するわでなんと半年で、眼鏡の鼻にあたる部分(なんというのか知りませんが)が折れる折れる。折れる原因は、眼鏡がつぶれた時に鼻に当たる部分が曲がるので、自分で引っ張って起こしちゃうからなんですが。(ってイメージ伝わりますかね?)
このペースで壊され続けると、一体あと1年で何本眼鏡作らなきゃいけないのか?しかも大抵ポキッといくときは、試合の直前。学校に行くときは少々みっともないけどティッシュやガーゼを詰め込んでいるけど、試合となるとそうは行きません。しかもここで眼鏡がないから試合出れませんなんていったら、熾烈なレギュラー争いから即脱落ということを、本人大いに意識しています。
ということで、この際スポーツ眼鏡なるものを作りに行くことに。
知り合いに聞いてインターネットで調べてみると、そう遠くないところに専門店が。その名も『サングラスミュージアム』。もともとは、スポーツの時に着用するサングラスの専門店のようだったのですが、サッカーやバレー、自転車競技にスキー、水泳、もちろんバスケなどの時に目を保護するための、ゴーグルだったり、サングラスを度付きで販売しています。
なんたってミュージアムですから、イメージとしては広いところに、ガラスケースに入った眼鏡の数々が、芸術的に陳列されているのかと思いきや、意外とこじんまりしたお店でした。
しかしそこはそれ、専門家です。
眼鏡屋さんにいくと、簡単な視力検査のあとは、どんなデザインのフレームにするかというのが主な商談の内容になりますが、ここでは、検眼に30分もかけてかなり細かく検査を行います。この検眼、お店のご主人がひとりで対応していますので、結構な待ち時間の覚悟が必要です。
そしてどんなスポーツをしているのか? 今までどんなことが不便だったのかといったことを、今度はお店の奥さん?が詳しく聞いてくれます。
それならこんなタイプがいいんじゃない。レンズは曇りにくいのと、割れにくいのがあるけど、どっちが今のあなたには向いていますよ。などかなり丁寧に説明してくれます。
で今回選択したのがこちらのタイプ。
![]()
お値段はそれなりにいい感じです。
今後何本も壊されることを思えば
トータルでは安いハズ
と勝手に思い込んで購入。
目の悪い子が増えています。
暗いところでテレビを見るとか、ゲームのしすぎとか云われますが、どうも学術的にはその辺は証明されていないようなんですが、ぼやけた視界でスポーツをやるのは危険です。
バスケやサッカーのように接触プレーがあるスポーツだけではなく、スキーなどスピードのある競技。野球など高速で硬いボールが飛んでくる競技。自転車やマラソンだって同じです。
なにより見えない状態では、上達のスピードも違います。
そして、もちろん勉強も。
息子の最初の1本も、実は量販眼鏡店で作ったのですが、度が強すぎて頭が痛くなるということで、眼科でもう一度処方箋を作ってもらって、レンズを交換しました。
(おかけでフレームが壊れても、補償が受けられない改造品になっちゃったんですが・・・)
新学期が始まるとすぐに、学校の身体測定があり、視力検査もあります。
視力に問題が見つかったら、もちろん、病院などの専門家に診てもらうのは、当然のことですが、値段が安いからと量販店に行く前に、処方箋をもらう。(もらったらその通りに作ってもらう。店頭での再検眼はあくまでも参考値と考える) 格好だけではなく生活習慣に合わせたフレームを作る。ということを是非やってあげてください。
子供は初めかっこ悪いといいますが、見えるようになるときちんと自分から眼鏡をかけます。間違った常識で、眼鏡をしたりしなかったりすると、子供ですから無くしたり、壊したり(あるいは遊んでいたら壊されたり)なんてことは、日常茶飯事です。
でも子供の健康のためには、適切な対応が必要だということ、健康はお金には代えられないということを、もう一度認識してください。
なんて、最後はえらそうなこと言ってますが、今回よくわかったことは
『安物買いの銭失い』
昔の人は実にいいこと言います。
2004年10月のできごと
入社前から いろいろありましたが、無事前職も円満退社し、10月1日に出社しました。
初日は始業時間の1時間後に出社すると、まだ人気はまばら。
とりあえず社内に入っていくと、よく知っている現在の会社の立ち上げ時からいる、総務の女性マネージャーが出迎えてくれた。
席はこちらといわれて案内されたのが、社内(1フロアー)の一番奥。
なんと個室になっていました。(広さは3畳ぐらいだったかな?)
先ずは全員が会議室に集められ自己紹介。
その後席に着いたものの、まず何をしたものかとひとりで思案にふけった挙句、先ずは事前に送っていた資料の整理。
次に入社前にお願いしていた全社員(当時20数名)の顔写真とプロフィールの確認。
それからは1週間かけて社員全員との面談のスケジュール調整。
初日はこんなものでした。
翌日からひとりづつ順番に、個人面談。ここでは、社員が普段考えていること、問題だと思っていること、家族や通勤経路などをヒアリングしていった。面談の最後には大阪支店にも出かけて全員との面談をちょうど1週間で終えた。
ここで分かったこの会社の特徴は
①個人個人が一生懸命やっているが、組織としてのまとまりがない。
②全員がプレーヤーであるため、いいときは良いが、ひとたび問題が出るとDecideできない。
③とりあえず流されている
④人事面(特に給与面)に対する非常な不満感。(ただし表立ってこれまで口にできていない)
などなど。
続いてちょうど同じ時期に代理店さんとの勉強会があるということで参加。
代理店さんの中には、前職の経歴を知っていて「ああ。あなたが今度こられたんですね。」なんていってくれる方もいました。
(狭い業界なのでそれなりに前職の会社名を言うと、知っていてくれる人は多かったのだ。)
この代理店勉強会。実はその後1回だけやって、しばらく中止にしてしまったのです。
というのも、一方的な新製品発表会。しかもどうやって売って欲しいとか、誰に売って欲しいということは一切なし。ただただ製品の仕様を話し続けるだけ。
私自身過去に一度だけ参加したことがあるのだが、聞く側にとってはまったく面白みもない。
ただ他の代理店さんと顔を合わせることができるので、情報交換が主目的と化している。
しかも おこがましいことに、この代理店勉強会に出てこないといい値段あげないよと脅し、最後にテストまでして、年間の成績優秀者を発表するという 本当にばかげた内容。
代理店会の最後の挨拶では、「こんなつまらない会にお集まりいただき、本当にありがとうございます。今後はもっと面白い内容に改めます。」と思わず言ってしまった。
そんなこんなでバタバタと半月が過ぎ、いよいよ入社前に本社で行われた来年の予算の確認とそれを実行するための組織改変の検討を行わなければならない。
面談で確認した問題点を基に、核となる人たちと何度か話をしたが、どうも話が噛み合わない。
それもそのはず、これまでは本社のアジア担当役員のアドバイスと称する一言一言に疑問をはさむことも許されず、指示通りに動くことに慣らされていたのだから。
そこで月末には、各部署のマネージャーさんと1泊2日の合宿をやることに。
合宿の日は台風の来る大雨の日でした。
ここでは、私が前職で叩き込まれた事業展開のための基本的な事柄を、9時から15時までしゃべり続け、その後全員で問題点の検討を実施。
翌日は問題点を解決するために、何をなすべきかというところまでを何とか、纏め上げました。
これをもって、またまた本社に飛ぶことになるのですが、それは次回。
本日は1ヶ月間の動きを振り返ってみましたが、今にして思えば、代理店さんへの始めの挨拶で、こんなこと言っていたんですね。
