アクセス数1000件突破

このブログで、Webについてのさまざまな実験を試みています。

今年2月中旬にこちらに引っ越してきてから、4ヶ月が過ぎました。

アクセス数も、おかげさまで1000件を超えるまでになりました。

月平均で250件のアクセスというのは、人気サイトから比べるとぜんぜん比較にならない数ですが、個人の意見を発信する、それを誰かに見てもらうという目的に対しては、十分な数字だと思っています。

そんな勝手ブログですが、このブログの前身から振り返ってみると、もっともアクセスが多かったと思われる時期は、昨年2月頃のものでした。

それ以前は、ほとんどアクセスもなかったのです。

ではなぜアクセスが増加したのか?

こちらのブログにも、そのときの記事を持ってきている(「保健」のカテゴリで探してみてください)のですが、入院して時間がたっぷりあるときに、そのときの体験を、ちょっと面白く書いてみたところ、一気に友達が増え、お互いに行き来しながら、アクセス数がアップしていったということがあります。

友達を増やすためのツールとして、「あし@」や「エディタ」がありました。

ところが最近では、忙しさにかまけて、友達のサイトを訪問しない。してもコメントを残さない。

さらに、余裕のなさの現われから、記事自体がつまらない。

といったことで、アクセス数の減少ということになっています。

こう考えると、人気サイトを作るためには、「コンテンツ」に加えて運営者の「余裕」、「友達」、「コメント」、「リンク」という要素が非常に大切だということが、改めてわかります。

ネットを使って何かできないか?なんてことをつらつらと考えているのですが、余裕のない状態で、ない知恵絞っていても、何もできないし、たとえやったとしても片手間では、中途半端になりすぎるということなのでしょう。

安易な考えで、何か事を起こすというは、大やけどの原因ということですね。

本当に流行っているところは、景気なんて関係ない。

努力と知恵があれば、いくらでもやることはある。

逆に努力だけでも、半端な知恵だけでもいけないということなのでしょう。

足利事件

先日読んだ本「審判」と同じようなことが起こってしまいましたね。

17年もの長きにわたり、無実の罪で懲役刑を受けていた、菅谷さん。

「私は、警察を絶対に許さない。自分の人生を返せ!!」と訴えられていました。

この後、また時間をかけて再審を行い、無罪が確定すると、最高で拘束日数×12,500円が刑事補償法によって支払われるそうですが、現在62歳の菅谷さんが失った17年(実際には事件発生が1990年ということですので、19年近く)というお金に代えがたい時間は戻ってきません。

当時44~45才だったとすると、まさに今の自分の年齢そのもの。

今から20年間違えられて拘束されるということになったら、自分は本当に耐えられるでしょうか?

大変な問題ですよね。

今月は 外でやろう

月が変わって、駅張りポスターも変わりました。

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最近雨の日が増えて来ました。

びしょ濡れの傘をついつい振ってしまうんですよね。

そうしないと満員電車で、ズボンがびちょびちょになっちゃう。

ところで、気になるのは階段を上るときに傘の先を後ろに向けている人。

本人は気がつかないんだろうけど、階段を上るたびに目の前をふらふらする傘の先端って危ないんですよね。

子供のころに剣道を習っていたときに、木刀を持つ居合いでは切先を前に向けて持ち歩いていた師範の先生の姿を思い出します。

傘を持つときには、先端に注意しましょう。

喜怒哀楽

どうも私は、感情表現がうまくできないらしい。

身内からは、「冷たい」といわれることが多い。

話を聞いていて感じたことを、素直に「どうして?」という問いを、理解できるまで繰り返すうちに、相手からは事務的に理詰めで追い詰められているように感じてしまうようだ。

では、黙っておこうというと、今度は何を話しても反応しない。話を聞いているのか?ということになる。

本人としては、いたってまじめに対処しているつもりなのだが、どうも人の反応とは違う言い方をするため、感情がないように見えてしまうらしい。

もっと自分に素直になれば なんてアドバイスしてくれる方もいるが、本当に自分の気持ちに素直に話をしたら、もっとひどいことになりそう。

豊かに喜怒哀楽を表現できる人を見ていると、とてもうらやましいと思う。