オープンキャンパス

今日は娘の大学選定のお付き合いでオープンキャンパスに行ってきました。

オープンキャンパスって一体何なのかと思っていたのですが、さすが少子化の時代ですね。

大学側からの至れり尽くせりの学生獲得策が見えてきます。

それにも増してうらやましいのは、最近の大学生は本当に楽しそうですよね。

 

本来オープンキャンパスとは、学校側が少子化の折、優秀な学生を集めるためのイベントなのかと思っていたのですが、なぜか多くの学生が、オープンキャンパス実行委員となって、高校生の相手をしてくれていました。

また学校を知ってもらおうということなのでしょうが、一緒に行った付き添いにまで学食無料券が配られて食事を振舞われ、しかも下膳までしてくれる。見方によってはとっても過保護な状態になってました。 というか大学の下見についていく私自身が、過保護の代表なのでしょうが。。。

それにしても、今の大学生って楽しそうです。

学校もきれい。

設備も当然ですが三十年前に比べると各段にきれいで、しかもなんだか和気藹々の雰囲気が。

もし今からでも行っていいよと云われたら絶対に大学生になりたい。

もちろんその分若返って。

 

今日行った学校は、雰囲気がとてもよく、学生たちも素直でいい感じがしました。

明日はちょっと強硬スケジュールで北と南の2校を梯子します。

今日の学校とどう違うのかを見るのも楽しみ。

いまどきの学生ライフを垣間見てみたいと思います。

とはいえ娘には自分で感じて、自分で選んでもらいたいと思うから、私が彼女の気持ちを左右するようなコメントを述べる気はありません。

ただ一つ。私は親が苦労して大学を出してくれました。

そしてカミサンは残念ながら大学には行くことができませんでした。

娘にはチャンスは何も云わずに与えたい。

そこは親の甲斐性として。

歳を取るとあちこちガタが来るもんです

先週ぐらいから調子がおかしいなと思っていたが、一昨日久しぶりに11時過ぎまで会社にいてさて帰ろうとした瞬間に、それは来た。
グキッといういやな感じとともに、左の背中というか腰のちょっと上辺りに痛みが。。。
最近は結構長いこと座ってので資料作りが多かったので、固まってしまった筋肉が悲鳴をあげたという感じだろうか?

昨日はお昼を挟んでどうしても抜けられない会議があったため、やはりこの時間座りっぱなし。
会議が終わって、自席に戻ると、もうどうにも痛みに耐えられない。
後ろで呼ばれて振り向くとグキッ。
立ち上がろうとするとグキッ。
座ろうとするとグキッ。

これはもうダメだと、早退を決め込んで帰るも、駅までの道のりの遠いこと。
そして階段のつらいことつらいこと。

それもでなんとか家に帰り着くことができたが、今度は夜眠れない。
横になるのに一苦労。寝返りも打てず動けない。
こんな状態なので今日は休もうと思ったのだが、一昨日夜までかけて作った資料が自分のパソコンの中だけにあることに気づき、それを引き継ぐためだけに会社に向かった。とはいっても電車の乗り換えに自信がなかったので車で出かけ、すぐに帰る気満々モード。

1時間の車通勤中の運転はなんとかクリアしたが、運転席を降りるときがまたまた大変。
会社についたらもちろん速攻で、問題のファイルを人に託し、逃げ帰る。
この往復2時間の運転で更に痛みが増してくる。

午後から病院に行くことにした。
この時点で心配したのは先日テレビドラマで見た反町隆の演じるすい臓がんを患う患者。彼が痛みに襲われるとき押さえる場所がどうも同じような場所なのだ。

とりあえず整形外科に行ってみると、先ずは触診。
触られても、押されても痛くないのだが、ここに横になってと診察台を指差されると、とたんに冷や汗。
なんとか横になると、久しぶりにひざをハンマーで叩かれ脚気の検査。
その後足を突っ張ったり、蹴り上げたりと動かしてみると、右足のときは問題ないのに、左足を動かすと右背中に痛みが。

そしてお約束のX線撮影。
立ってやるものと思っていたら、またまた台に寝かされて、正面、側面ストレート、側面前屈、側面後屈、右斜め、左斜めと、なんと6枚もの撮影が。。。。
6つのポーズをとるのが一苦労で、動くたびにグキッ背中が悲鳴を上げる。

それでもなんとか撮り終えて、ふたたび診察室に戻ると、フイルムを見ていた先生が、あろうことかもう一度今度はもう少しこちの回りを撮ってみようといいだすではないか。
すわっ。
これはもしや重大な病気なのではないだろうか? という不安が。。。

そしてふたたびレントゲン室へ逆戻り。
再度6ポーズを取り直し、体も心もヘロヘロの状態でいざ審判のとき。

(そもそもこの時点で、不謹慎ではあるがかなりの量のX線を浴び、被爆量も相当上がっているだろうなどと考えてしまった)

先生曰く、痛みの原因は、骨、神経、筋肉のいづれかと考えられる。
神経は最初の診断で問題なし。
レントゲンで見る骨の状態も、背骨の間もちゃんと空いており、潰れているようなところもなく大丈夫だろうと。
なので原因は、消去法で筋肉と考えられるとのこと。
ここで内臓は心配ないかを聞いてみると、先ずは筋肉の可能性を疑い、痛み止めとシップを出すので1~2週間様子を見て、改善がなければ今度は内科に行けというではないか!!
それが一番心配なのだが、整形外科ではそこまでは分からないらしい。
仕方なく、薬とシップを処方してもらい帰ってきた。

来週まで痛みが改善されなかったらどうしよう。。。

NO SIDE ~我が家のバスケットシーズンの区切り~

先週金曜日に高校最後の試合を終えた娘に続き、今日息子の中学バスケット生活が終焉を迎えた。

娘は部員数の少ないバスケ部で入部1週間目に公式戦に出たあと、少人数ならではの苦労をしてきた。
当時の3年生が引退したあと残った2年生の先輩2人と1年生3人というギリギリの人数の中で、先輩の引退試合までなんとかチームを盛り立てた。
その後自分たちの代になったときに身長のある1年生が増え、散々苦労してきた自分たちとは対照的な下級生に文句を言いながらも、キャプテンとしてまさに泣きながらチームを引っ張ってきた。
そんな思い出の詰まったバスケ部だから、あと一つ勝てば県大会に出れるところまで来ながら敗れた試合に一人号泣していた。

息子は小学生の時にメンバーに恵まれミニバスの県大会を夢見た。
いつも惜しいところまで行きながらあと一歩届かなかった。
その悔しさを胸に、中学に入っても同じメンバーでバスケを続けた。
2年生になりチームの主力となった時には、チームの練習を厳しく誘導し続け、チームメイトから反発を買ったことも度々あったようだ。
そんな彼を自己中心的過ぎると非難してきたのは私だった。
それでも県大会を夢見て頑張ってきたはずなのに、やはりいつもあと一歩のところで夢に届かなかった。
そして彼の最後の試合となった今日も、県大会への夢が続く第一歩だったはずなのに、手が届くことは無かった。

ユーミンの「NO SIDE」という歌の歌詞をつい口ずさんでいた。
同じゼッケン 誰かがつけて また次のシーズンをかけてゆく~
歌詞自体はラグビーのものだが、時間が来ると必ず終わってしまう学生スポーツのことをとてもよく表現していると思う。

そう 君たちは今日この瞬間とても輝いていた。
でも君たちのユニフォームを後輩が着けて次のシーズンがまた始まる。

たとえ無冠であったとしても、君たちの汗と涙と努力はきっといつかすばらしい勲章になるだろう。

今は悔しくて、人の言葉も耳に入らないだろう。
だから 今日は 優しい気持ちで心の中で「よく頑張った」と言おう。

模様替えしました

ちょいわるおやじになりたかった。

かっこいいおやじになりたかった。

そして タイトルを 「ちょいわるおやじにあこがれて」 としてみました。

あれからジタバタといろいろなことを考えてみたけれど、結局は頭でっかちで、ただただかっこいいおやじにあこがれるだけの日々を過ごしてきました。

でもあこがれているだけではだめなんだ。

自分で何かをしなければ。

 

さえないおやじだって、頑張ればまだ空を飛べるはず。

勝手に羽が生えて、いつの間にか飛べるようになるんじゃない。

自分の力で飛ぶんだ。

そのためにもう一度 努力してみようじゃないか。

そんなことを思い立ったので、模様替えしてみました。

 

まだまだ迷い多き おやじです。