阪神淡路大震災から20年が経過した。
あれから既に20年も経ったんだなあと、感慨深い。
心に残るあの時の光景は、古いアルバムのように色あせて、鮮明な色合いからモノトーンに徐々に変化してきている。
そして、心のアルバムを開かないと思い出さないように、自分の中で風化してきている。
あれから20年、自分の人生の転機となる、転職を決意するきっかけの一つでもあった。
いろいろなものが変わるきっかけを作ったあの日のことを、もう一度思い出した。

いつでも自由に大空を舞う
日々思う私の気持ち。
ちょいわるおやじへの道のり
阪神淡路大震災から20年が経過した。
あれから既に20年も経ったんだなあと、感慨深い。
心に残るあの時の光景は、古いアルバムのように色あせて、鮮明な色合いからモノトーンに徐々に変化してきている。
そして、心のアルバムを開かないと思い出さないように、自分の中で風化してきている。
あれから20年、自分の人生の転機となる、転職を決意するきっかけの一つでもあった。
いろいろなものが変わるきっかけを作ったあの日のことを、もう一度思い出した。
この冬、いろいろなことがあったので、通常の9連休に8連休を足して、17連休になってしまった。
冬休みの間にたっぷりと栄養を与えられ、さらに大量のアルコールを摂取し、十分な内臓脂肪を溜め込んだ体に、明日から仕事に行くぞと叩き込むための準備を昨日から始めた。
<出荷前調整>
たっぷり栄養を吸い、溜め込んだ脂肪とそれをいい塩梅に柔らかくするために浸み込ませたアルコールを老廃物とともに体外に吐き出すために6.8kmのランニングを実施。
程よい筋肉痛により、赤身の部分を締め上げる。
<下ごしらえ>
体内の老廃物とアルコールおよび、休み癖のついただらけた気持ちを引き締めるために、近所のスーパー銭湯へ。
<味付け>
ザルに上げたら、湯気の立っている間に、腰に手を当てて瓶入りのヨーグルトドリンクを一気に流し込み、水分の抜けた肉に再び、水分を補給する。
このまましばらく放置し最終調理を待つ。
<調理>
程よく辺りが暗くなってきたら、全く抜けてしまった水分を更に補給するため、新しいアルコールを適量含ませることで、身を柔らかくし、明日からの労働に勤しむ活力を補給する。
以上で明日からしっかりと働くための素地作り完了。
1/5月曜日 本来なら仕事初めのこの日、年末に転倒して頭部を5針縫う怪我をした、義父の抜糸のため病院に連れて行った。
そもそも仕事納めのあった日の晩 12/27の朝4時ごろに頭部をパックリ切って出血した義父がこの週二回目の救急車で病院に運ばれた後、1日家で寝かしていたら、めっきり動けなくなってしまったのが、ことの発端。
動かないから食が進まないのか、食べるとトイレにいかなければならないので、飲食を控えたのか、はたまた本当に食べたくなかったのか、ほぼ1週間食料を口にする量が、極端に減ったため、本当に足腰が立たなくなり、トイレにも行けなくなってしまった。
それでも1/5はなんとか着替えをさせ、トイレに立たせ、ほんのちょっとの食事もしたあと、抜糸のための脳外科と背中や腰が痛いといっていたので整形外科と、とにかく栄養が取れなくなってしまったので内科の3科を予約し、本人を連れて行った。
8:30に予約を並んで1番だった脳外科も、本人を連れて行ったのが10時、それでも脳外科の抜糸はすぐに終わり、整形外科ではレントゲンを撮影したあと問診、ここまでで11:00過ぎ。
内科に並んだが、検温や血圧測定、体重計量などやっているうちにお昼を過ぎてしまった。
血液検査のあとブドウ糖の点滴、CTと進むうちに、胆管結石による炎症があり、すぐにでも手術が必要だけど、設備の関係で大学病院に行かないと無理という、とんでもない結果が。
そこから受入先病院を探してもらい、独協医科大学についたのが17:00。
この時点でもうおじいちゃんクタクタだったろうに、造影剤を入れてのCTなどふたたび検査が。
結局胆管炎だけではなく、大動脈瘤の疑いもあり、すぐには手術ができないので、2週間の入院の中で、様子を見ながら対処するという結論になったのだが。。。
そのまま入院し数時間経った1/6 2:30頃に呼吸がないことに気がついた付き添いの妻が医者を呼び、蘇生術をしたが結局そのまま帰らぬ人になってしまった。
あまりにも突然であっけない最後。
それでもおじいちゃん、年末には散髪をして、前日にはデイサービスで入浴をして、最愛の娘に看取られた人生は、幸せだったと思いたい。
合掌
箱根駅伝は、青山学院大学の完全優勝で終わった。
その快挙は賞賛に値するが、その一方で9区→10区のリレーでは、6チームの襷がつながらなかった。
トップチームから20分遅れると繰上げになるこのレースでは、遥か先を行くトップチームと自分の位置を意識しながら自分と戦い続けることが必要になる。
また実際の順位と自分が走っている位置が復路では異なり、来年のシードに向けて、物理的な自分のすぐ前の相手ではなく、時間的に自分のすぐ前にいる相手を追いかけ、逃げなければならない。
そして一人で走っていながらチームのために戦うこの競技の過酷さを想う。
見えないものに、いつも挑み続ける そんな気持ちを持ち続けなければ。
なんて正月だ!!
給料は勝手にカットする、まともにボーナスをもらったことのない会社のために、半日掛けて正月から資料作りしている自分。
今年は自分の気持ちをきちんと伝えるために言いたいことをはっきり云おうと決めたけど、ストレートに思ったことを口にすると角が立つ。
気持ちを伝えることは本当に難しい