華菜 なぜそんなに急いで逝ってしまうのか
きみと出会ったのは 10年ほど前だっただろうか?
きみはまだ幼くて 笑顔がとっても素敵な女の子だったよね。
生まれたばかりのトモを妹の奈津と一緒にとてもかわいがってくれたよね。
きみのお母さんが大変なときも お母さんを励まして一生懸命頑張ったよね。
まだ若かった私は この子が大きくなったらそれでも今と変わらずにおじさんと一緒に腕を組んで歩いてくれるかな?
なんて事を 考えていました。
お転婆な妹のことを、よく面倒見ていたよね。
さすがお姉ちゃんと誉めていたけれど本当はきみが色々なことを我慢しているんじゃないかと ずっと心配していました。
一番印象に残っているのは私がトモをお風呂に入れるときに奈津が一緒に入りたいといって3人で入ったときのこと
きみも一緒に入りたかったけど チョット恥ずかしかったんだよね。
きみのお母さんが 一緒に入れてもらいなさい って言ったらうれしそうに でもちょっぴり恥ずかしそうに お風呂に入ってきたよね。
その後 私たちが転居したことできみの成長を見ることはほとんどありませんでした。
数年前に きみが何万人に一人という病気に罹かってしまったと聞きました。
何度かお見舞いに行こうと思ったけど 結局行けず仕舞いでした。
今年の夏に ドナーが見つかり移殖手術を受けると聞きました。
これまでに同じような手術を受けて4人のうち2人が病気が治ったとも聞きました。
これできみも長い病気との付き合いからお別れできると信じていました。
木曜日 家に帰ると机の上に1通のFAXが置かれていました。
そこには
通夜 土曜日 という文字と 式場までの案内図がかかれていました。
信じられませんでした。
というよりもまったく想像が出来ませんでした。
今日 10年ぶりにきみの近くまで行きました。
きみの写真がありました。
10年前のあのあどけない笑顔とそっくりの17歳にしては童顔過ぎる笑顔で微笑みかけていました。
17歳。
あまりにも早く 華は散っていきました。
香典の中身はきみにこれから 私があげなければならない物の何十分の一かでしかありません。
今度のお正月 お年玉をあげたかった。
その次の年も、そしてまた次の年も。
そしていつしか おじさん 今度結婚するんだって 報告にきたらもっとたくさん。
そして次には 子供が出来たんだって 報告にきたらもっともっとたくさん。
きみへあげなければならない物はもっとたくさんあったはずなのに。
私はこれまでに何度か 永久の別れ を経験してきました。
そのたびに 人はいつか死ぬ。
いつか死ぬことは仕方のないことだ。
そう考えていました。
私の妻は そんな私を とても冷たい人だといいます。
しかし これまでの別れはすべて私よりも何年か長く生きた人たちとの別れでした。
そしていつか死ぬ。
いつかとは私にとっても遠い未来のことであると 考えていました。
17歳。
私の半分にも満たない君が自分で望んでもいない 病気により人生の幕を 勝手に引かれてしまうなんて。
仕方ないことなどと いえるでしょうか?
君の闘病生活を知る人は
よく頑張ったね。
もういいんだよ。
ゆっくりお休み。
なんていうかもしれない。
しかし 私はあえて言いたい。
なぜもっと頑張らなかったんだ。
頑張って 明日をその手で掴み取って来い。
数日前 本田美奈子という とても素敵な歌手・女優さんが 白血病で亡くなった。
彼女は いつも輝いていたい といいながら 逝ってしまった。
テレビでは彼女が 若くして逝ってしまったことを 悲しんでいる。
でもきみは その彼女の半分しか生きていないんです。
きみには もっともっと輝ける時間を過ごしてもらいたかった。
今ごろになって 涙が出てきた。
明日 最後のお別れに行きます。
勝った~ 勝った~ また勝った~
今日も絶好調。
水戸黄門様サイコ~です。
本日も5万円ほど頂きました。
ありがと~ぅ。
WPC 最終日
最終日は、お客様は観光に、そしてわれわれと販売店・代理店様は販売方針打ち合わせに。
といっても、日本人の皆さんはお忙しい方ばかりで、ほとんどの皆さんが朝からお帰りになってしまい、結局 日本グループのセッションは自分のところのスタッフと代理店・販売店さん3社となっていた。
日本オフィスの5ヵ年中期計画
日本市場の状況分析
同業他社の分析
を紹介した。
その後はフリートークで、今後の活動方針などを協議したが、わかっていただけたかどうか かなり心配。
この日の午後の便で、われわれスタッフも帰国とあって、お昼に迎えの車に飛び乗って あわただしく空港へ。
ところが、これで済まないのが、私たちのチン道中。
実は台湾もこの日から3連休とあって、道路が混んで動かない。
普段なら1時間で空港につくところ、運転手さんが混雑を予想して(?)
かなりの迂回路を選択。ところが迂回したつもりが、どこもかしこも車だらけで、動かない。
出発時間まで1時間を切ったところで、運転手さんがとんでもない行動に出て、一通逆走、信号無視と何度か事故寸前の危ないテクニック(?)で、空港についたのが出発ちょうど30分前。
ファーストクラスのチェックインカウンターに飛びつき、時間がないのでチェックインをお願いし、その間にタバコも吸わなければいけないし、トイレにもいかなければならないしとまさにバタバタと空港内を走り回った。
何とか飛行機に座席に収まったときには、離陸していた。
それでも無事に帰ってきました
WPC -2日目
2日目は本社とサテライトオフィスに分かれてのプレゼンテーション
本社では4つの会議場に分かれて、1.5時間程度のプレゼンテーションを行っていった。
この日 午前で私の担当顧客は帰国したため、午後からはまず、韓国、シンガポールのマネージャーとの打ち合わせ。
その後 事業部との日本での販売方針の打ち合わせ、明日の日本セッションのプレゼン資料の修正とバタバタ過ごす。
この間も、わが日本人スタッフは、お客様を会場に案内し、着席させた後 社内を走り回り、納期調整、問題解決のための技術担当者との打ち合わせなどに大忙しだった。
夜は今度はTAIPEI101での夕食会。
結局、事業部との打ち合わせが伸びて、後から参加することに。
-実はこのときに、台湾ガムと言われる、ビンロウを事業部のマネージャーに頼んで初体験。(うまくなかった というよりはむしろ気持ち悪くなった)
夕食会では、これまた豪勢なコースメニューが用意されていたが、ホストである私は、お客様を回り、ビールや白酒、ワインを注ぎまわり、またまた酩酊状態に。
この日は、夕食後 日本からのお客様を、まず士林の夜市にご案内。
台湾の屋台料理にチャレンジしたり、やたら安い怪しげな商品を見て回ったりとお楽しみいただいた。
この後、足裏マッサージにご案内。皆さん喜んで頂いた。
WPC開催
本日は、World Partner Confarence開催
午前中は、大きな会議場を借り切っての基調講演。
実に300人以上が集まり、また報道機関の姿もちらほら・・・。
CFOによる、業績推移と今後の見通し
CEOによる、2010年までの事業方針説明
のあとに、先週発表された Asus社との提携を受けてAsus社のCEOによる、基調講演。
その後各事業部の方針説明
この間すべて英語の講演に加えて昨晩の寝不足もあり、とっても眠たい状態に・・・もちろん寝てなんかいませんでしたがねぇ。
午後は本社に戻って、各製品グループによる製品展示と説明。
これは午前とはうって変わり、まるで文化祭ののり。
本社内の各フロアに、製品展示をして、説明員が製品説明をする中、招待客は自由に社内を歩き回り、興味ある製品の説明を聞くとお言う趣向。
日本からの顧客に、わがスタッフもついて回り、社内を一回りして説明の補足を行う。
その間にも、東京オフィスからのSOSにより納期調整や技術サポートのフォローをしたりと、日本スタッフは大変な働きをしてくれた。
夕方には、本社前にバスが横付けとなり、夕食会場へ移動。
約1.5時間の移動で 淡水へ。
この間私の隣に座ったポーランド人は、超高層ビルTAIPEI101についてなぜあんな不経済な物が必要なのか。周辺のビルが高くないのにあんなに高くする必要性はまったくない。地震や台風も多いこの国で、安全なのか?
としきりにブツブツ言っていた。
夕食はシーフード料理。 かなりの品数になるコースが用意されていたが最後の数皿は、レストラン退場5分前にあわただしく運ばれるなど、チョット段取りが悪かったようだ。
というのも、夕食後にクルージングタイムということで、遊覧船をチャーターしており、この時間が迫っていたため、待ったなしの状態だったから。
しかし、ヨーロッパやアメリカの東側、ブラジルなどからきた人たちは前日30時間も移動してきたということもあり、かなりお疲れの様子。
クルージング後のバスの中は、皆さん夢心地でした。
工場監査
本日は、日本からお客様を迎えての工場監査。
Akikoが主担当となるため、私は内容を傍らで聞いてたまに助け舟を出す役回りと決めていた。
午前中は、本社のQAマネージャーによる全社品質管理についてのプレゼンと担当PMによる、製品についての技術的打合せ。
この打合せとてもイライラするものだった。
担当者を信頼していたが、やはりまだまだ甘いの一言。
言いにくいことを何とか、当たり障りのない言葉で回避しようと懸命のようだったがこのような場では、さっさと問題点を確認して、今後の対応を前向きに話すほうが絶対にいい。
何度か助け舟を出しながら、午前の会議を終えた後、担当者にははっきりと、しかもポイントを押さえた会議の進め方をするよう指示したが、明らかにお客様はいらだった様子。
途中食事をとり、工場へ移動しての生産現場の確認。
このときには今度は工場で問題が出た。工場のQCマネージャーが工場のことをしっかり把握していない。
この日はお客様も何のために来たのかという様子で、とても成功とは言いがたい状況。
私にとっての唯一の収穫は、工場のQCアシスタントとして新しく入ったJennieが、しっかりしていて、今後仕事を任せられそうということを確認できたことか。
その後、明日から始まるWorld Pertner ConferenceのWelcomパーティーに出席。
しこたまワインを飲む。
その後、Henryが日本のお客様を接待するときに使う、お決まりのカラオケスナックに行って、夜中2時までがんばる。久しぶりに中国語の歌を1曲披露。
アー疲れた1日だった。
